出口はどこにあるのか

仕事で期待されている成果が出せていない気がする
(反応がない)。
私が本当にやりたい仕事もわからない。
わかったとしても、未経験なことで
勉強しながら兼務などでやりたい方向に行くには
短時間勤務では難しい
(たくさんがんばることを求められるから)。

夫の仕事が忙しく、平日の家事と育児は
私がやるしかない。
そして子どもは発達障害。
普通の育児はできない。
心理士からは療育をすすめられる。
そのためには、仕事を辞めないとムリだろう。

これから再検査の身体のことも
正直に言って不安だ。
もし病気で長生きできなかったら
この子の育児はどうするのか。
夫に多大な負担をかけてしまうことになる。
夫の仕事はどうなるのか。

私がお酒をたくさん飲む人間だからなのか。
超高齢で子どもを産んだからなのか。
人とのコミュニケーションがうまくできない
人間だからなのか。
みんな同じの画一的なものが大嫌いで
こどもちゃれんじなどをさせていなかったからなのか。
発達障害は脳の欠陥と言うけれど、
どうしても自分が悪いのかと思ってしまう。

セミの命と私の命

首都圏とは言えうちのあたりはかなり田舎なので、
セミの死骸がたくさん落ちている。

夏の前には影も形もなかったものが突然現れ、
大量に死んでいき、
またいつの間にか他の生き物に食べられたり
分解されたりして去っていく。

セミの命と私の命。
命の重さは同じではないのか?

違うのだとしたら、私は何をして
何を残していけばこの世に生まれた
意義があるのか。

そんなことを考える夏の終わり。

49歳にもなれば

先日、ちょっと心配になって
家の近くの乳腺科を受診したら
いきなり組織細胞を取られ、
でも検査結果は良性で問題なしということで
ほっとしていたら、
今度は会社の健診で同じ箇所がひっかかり、
要受診となってしまった。

それ以外に指摘された、炭水化物や糖質の量と
適度な運動には本当に気をつけてきたのだが、
再び同じところにアラートが出るとは。

定年までの残された時間もさることながら、
それ以前に、健康で長生きできるのか。
やはり、壮大な計画でやりたいことを
実現するには時間がないように感じる。

大切な家族のためにも、健康で長生きしたい。
生活費、住宅ローン、教育費を払うためにも
元気に働き続けなくてはならない。
そしてできれば、いい音楽活動をしたい。

やはり、新しい一歩を踏み出すか。

窮屈

いつもいつも、居心地がよくない。
居場所が感じられない。
会社でも、幼稚園でも。

人と話すのが億劫に感じられる。

人間関係ができていないせいなのだけれど、
人と仲良くなるのが難しく感じられる。
いつも楽しい心持ちならば、
人にも気軽に話しかけられるのに。

大学時代の同級生や
新卒で入った会社の同期と、
同世代トークやバカ話で盛りあがりたい。
そう、会社も幼稚園も
自分よりもずっと若い人だらけなのだ。
若い人が好きなものが好きな方なら
話も盛りあがるだろうが、
私の趣味嗜好はあまりにも違いすぎていて、
心が引いてしまう。

しかし、これは子どものころからだ。
流行っているテレビ、芸能人、歌謡曲、スポーツ、
何にも心が動かず、
クラスの話題には入れなかった。

子どもには、みんなで楽しむことが
できるようになってほしいと思う。
チームで取り組むスポーツでも、
カードゲームやボードゲームでも、
囲碁将棋やチェスでもいい。

私のような窮屈さを感じないで
生きていってほしいと願う。

親子遠足に思う

今日は幼稚園の親子遠足だった。

子どもは、大好きな電車やバスに乗れたし、
観覧車やジェットコースターを間近で見られて
うれしそうだった。

が…。
母は本当に大変だった。
まず、子どもは大人の言うことを聞かずに
自分の好きなところに一人でさっさと行ってしまう。
自由自在。急な坂道もなんのそので、
追いかける親はくたくた。
そして、ルールのある遊びができないから、
お友だちと遊べない。
まだオムツがはずれていないのだけれど、
ひどいタイミングで大をして時間がかかる。

クラスにダウン症のお友だちが2人いるのだが、
子どもの行動はまさしくその子たちと同じだ。

他のお母さんたちと仲よくなりたくても、
いつも子どもの世話に追われて話ができない。
トイレに行きたくても行けない。
お友だちとおやつを交換したり、
一緒に乗り物に乗るなどもできず、
ひたすらジェットコースターの音を聴いて帰る。

母が人間関係を築くのが下手だから、
子どももそうなのか。
それとも、発達が1年ぐらい遅れているせいなのか。

「どこにいても居場所がない」感覚が
またおそってくる。
しかし、この子はこの子なのだ。
仕方ない。
小さな、耳のいい「若冲」には、自分の道を歩いてもらうしかない。

4月1日

28回目の4月1日も金曜日。

平成元年に社会人になって27年経った。
そのあいだ、働いていなかった数か月や
産休・育休もあったけれど。

まだ子会社に出向中だが、
今日から所属が変わり、
「作業」からは解放されそうだ。

子どもは今日から保育園から幼稚園へ。
今朝、幼稚園の一時保育に預けたときは
ポロポロ泣いていてかわいそうだった。
0~1歳に預けていたキリスト教系保育園が
とてもよかったこともあるし、
引っ越し先の小さな保育園よりも、
自然のなかで五感を使って
思いきり遊んでほしくて、
幼稚園を選択した。
じきに慣れるとは思うが、
この選択でよかったのか、親としては悩む。

自然観察指導員の講習を受け、
ひととおりのことは学んだ。
あとは、私が実行するかどうか。

ラジオでブラームスの「ドイツ・レクイエム」
を聴きながらの出勤。
新しい年度が始まる。

今年こそはいい年に!

明けましておめでとうございます。

年末年始は体調不良に苦しんだ。
クリスマスからひいている風邪がまだ治らない。
しかも体重や体脂肪も増え、
いろいろとまずい状態だ。

でも、子どもはびっくりするぐらいかわいくなった。
地獄のような仕事も、
意地悪な同僚と同じ業務ではなくなったし、
派遣が増えたので、これからはもう少しましになる。

2009年から続けている音楽団体が
うまくいっていないのが残念だが、
無理にごり押ししてもみんなが不幸になるだけだ。

今年は身体のことを気にして、
限りある時間をうまく使って、
幸せな気持ちでいられるいい年にしたいと思う。

月と星がきれいな夜なのに

なんだかとっても疲れた。

毎朝4時か5時に起きて、
PCを持ち帰ったときは
一円にもならないサービス仕事、もしくは練習。
そのあと、急いで家事と育児をして
7:50には家を出る。

唯一の自分の時間である通勤電車の中も、
考えなくてはいけないことに費やされる。
帰りの電車の中は、会社貸与のスマホで
仕事のメールの返信。
緩む時間はゼロ。

住宅ローンをかかえて本当に自由になるお金がなく、
外食も買い物もできない。

楽しいことは自分で作るしかないけれど、
作り出すことすらできない情けなさ。
そして夕食もまだ食べていない。

いつかは私も

いろいろな思いが錯綜して
逃避したり思考停止したりした週末。

大学時代の仲間の世界的な賞の受賞。
同時期に復職した同僚の活躍。
10年前から何も変わらない場所で、
老けていく昔の音楽仲間の写真。

私は仕事で思ったように成果が出せず、
子会社で心が躍らない仕事をやるしかない。
子どもの存在だけが救いだが、
コミュニケーションがなかなかとれなくて
マイペースすぎるので、
保育園から療育センターへの相談をすすめられる。

ここから逆転ホームランはあるのか。
地獄のような仕事から抜け出し、
子どもがなんとか自立して生きていけるのを見届け、
本当にやりたい音楽活動を楽しむ。
その3つを成し遂げたい。

好きなことを仕事にして生きていく若い人を見て

この世は解決できない課題だらけだと感じる。
こんな歳になって、ようやくそれに気がついた。

人間の歴史もそこそこ長いと思うのに、
知恵や知識や問題を解決する手法は
積み重なっていかないものなのか。

昔の私は自信に満ちていた。
自分なら何でも解決できると思っていた。
だから、政治家になって
日本を、世界をよくしていけると思っていた。

しかし、そうではなかった。
地方都市で目立っていたことによる、
はなはだしい勘違い。

それならば、親の反対など押し切って
自分が好きな生物学や天文学を
研究する人生を歩みたかった。
一生のうちに解けない謎だとしても、
少なくとも私の心は死ななかったし、
いい表情のままでいられた。

「好きなことをやっているのだから、
 忙しいとか大変だとか思わない」
そう言い切れる人生のなんと素晴らしいこと。

残された仕事人生は、あと11年。
もうこれ以上、心と表情が死ぬような仕事は
まっぴらごめんだ。
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Author:Fuchur
幸いの竜フッフールのように希望を持って生きたい、丙午の人。

■自然が好き(動物・鳥・虫、植物、宇宙、天然石)
■音楽が好き(アマチュアヴァイオリン弾き)
■美術が好き(デッサンを習っていました)

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