人に対しての愛情

引き続き、産休の記録をしてみる。

5/25(金) マタニティヨガ2回目。今回はかなりきつかった。
      最寄駅のパン屋(ロブションで修行していたらしい)を再訪

26(土) 千駄木駅で降りて散策。
     「和栗や」のモンブランはかなり気に入った。
     「結構人ミルクホール」では話ができないので、
     趣味の分野の勉強をする

27(日) 有楽町のビックカメラで和室のエアコンを買う
     お抹茶かけソフト(小豆餡入り)を食べて帰宅

最近、妻としての自分・母としての自分に
自信が持てない瞬間が多々あった。
こんな性格・思考回路の私が、人の妻・人の親として
果たしてやっていけるのか、と。

今朝、目覚めたときに、ふと頭に浮かんだ言葉があった。
「愛情が足りないのではないか?」

人に「何かをしてあげている」という感覚からは、
押しつけがましさが出てしまったり、
面倒くさいのにしょうがないという感情しか生まれない。

しかし、「人が大切だから・大事にしたいから」
という感覚(=愛)を持っていれば、
そうせずにはいられなくなるのではないか、と思った。
実際に、そういう態度で人に接していた
元同僚のことも思い出した。

「愛情の薄い家庭で育った」というのは、
この歳ではもはや言い訳にすぎない。
そして、人に対して愛を持つということが、
最近感じている最大の悩みを解決する
一助になる気もしている。

「今のあなたは、活き活きワクワクしていますか?」
「これからのことを想像すると、楽しくなってきますか?」
「未来には明るいことがたくさん待っていると思いますか?」
最近の私は、これらすべての質問に対して
答えが「No!」だった。

出産を控えている妊婦なのに?と思われるかもしれないが、
私にとっては、
音楽に対する情熱のこと、仕事のこと、
今は我慢しているファッション・お酒・カフェインのこと、
思うように動かない身体のこと、
怪我をしている夫に負担をかけまいとやっている家事・世話のこと、
マナーの悪い大人やゲームばかりする子どもを見てがっかりしたこと
などなど、
いろいろな要素が渦巻いて、
かなり悲観的な気持ちになっていた。

心が躍ることは、特別なイベントからではなく
人とのやりとりの中からしか生まれないのかもしれない。
自然にそう思うことができた。

いつ産まれてもおかしくない時期まであと16日、
身近な人や、なかなか会えなかった人との
つながりややりとりを大事にして過ごそうと思う。
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Author:Fuchur
幸いの竜フッフールのように希望を持って生きたい、丙午の人。

■自然が好き(動物・鳥・虫、植物、宇宙、天然石)
■音楽が好き(アマチュアヴァイオリン弾き)
■美術が好き(デッサンを習っていました)

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