さびしい日曜日

久しぶりにここに書いてみる。

何だろう、この違和感。
唯一参加している演奏団体にも
居場所がない感じ。
若くて上手な人たちが複数いればいいのか。
私は、仕方なく置いてあげている社会人枠なのか。
乗り代や飲み会代の頭数?

仕事では、4月から上司が変わり
働きにくくなった。
ストレスが半端ない。
日曜日だけれど、朝から夕方まで練習に出て、
気を遣って飲み会にも顔を出し、
これから帰って家で仕事だ。

仕事・子育て・家事で一週間が終わる。
昼休みも、持ってきたお弁当を食べながら
仕事をしていることが多い。
楽器はほとんど弾けない。
通勤時間だけが自由時間。

子どもは相変わらず多動でじっとしていられない。
小学校を普通級にするか支援級にするか
迷っている。
普通級に入れた場合、
他の子どもや先生に迷惑をかけないようフォローが必要だから、
親の負担は大きくなるだろう。
支援級は支援級で勉強はやってくれないので、
親が勉強をみるしかない。
学校の学童保育だけではなじめるのか不安だ。

私は来年以降、働き続けられるのだろうか。

幸福学を学んだ

社会人になって29年が過ぎようとしている。

最近会社で「幸福学」のセミナーを受講した。
本を読み、セミナーを受けて思ったこと。

今までの私は、幸せな気持ちを感じにくかった
と思う。

自分のような、
社会人として大切な30代のほとんどを
仕事にかけられなかった、
名の通らない大学を出た人が
大企業の社員として働けるだけで
ありがたいのかもしれない。

かなりの年齢で結婚し、
子どもが生まれてきてくれただけで
奇跡的なことなのかもしれない。

自分のまわりの人たちに感謝し、
やるべきことはやりつつ、
恥ずかしがらずに自分の好きなことを追究する。

幸せな気持ちでいることが、
何よりも大切なのかもしれない。

このブログについて

ここには、FacebookやTwitter、
Instagramには書けない本当の心の中を
自分の考えを整理する意味で
包み隠さずに書いているが、
そろそろやめた方がいいのかもしれない。

私の意見に共感する人もいない。
立場が特殊すぎて、
アドバイスしてくださる人もいない。

さびしいが、仕方ないことなのだろう。

救いがない

51歳のダメ社員にはもう救いがないのか。

会社では、期待されている役割が果たせない。
どこに行っても
「若手の活躍」が期待される。
さらに、短時間勤務であまり働けない。

ママ友はみんなかなり年下の世代。
同級生たちは子育てが一段落して
自分の時間を楽しむ人が大多数。

かなりの高齢出産、
大学を卒業したときにはなかった仕事をしている、
という意味では先駆者なのだろうが、
同じような境遇の人がいない。

人と外れた人生。
ロールモデルなし。

複雑

先週も先々週も、子ども連れの新年会だった。
その結果、大人数だったこともあり、
やはり人とあまり会話できなかった。

飲み会でちゃんと「会話」ができるのは
3~4人が限界なのかもしれない。

一年に数回しか参加できない飲み会も、
あまり人と話せず、
ただ食べて飲んでお金を払って終わり。

発達の遅い子どものいる親は、
多かれ少なかれそうなのかもしれない。

子どもを預けられるときに、
気の合う少人数で深い話ができるといいのに。

昔の自分を見た

元旦に、近所の神社にお参りに行った。
私たちの後ろには、父親と2人の息子たち。
おそらく小学生ぐらいか。

その父親は、その場にいない妻に
たいそう腹を立てていて、
息子たちに
「そんなに家族と一緒にいたくないんなら
勝手にしろ、と言っておけ!」
などと、ものすごい剣幕で怒り散らしていた。
子どもたちは黙っていたが、
ふと長男と目が合った。

あ、この子は昔の私と同じだ。
いつも不機嫌な父親に対し、
どうすることもできず
黙って耐えている。
そして、父親の振る舞いに対して
周りの人たちに申し訳ないという眼差し。

「きみに責任はないよ。
 今はつらいだろうけれど、
 未来は自分で変えられるよ」と
その子に言ってあげたかった。

あの男の子たちが健やな心のままで
いられるよう、祈っている。

人には理解されない人生

私は21歳ぐらいまでに、
経験しなくてもいいようなことを
たくさん経験してきた。

父はアル中でいつも不機嫌。
子どもの頃から遊んでもらったことは一度もなし。
鍵をかけられた精神病院に
入院していたこともある。
私は何度怒ってお酒を流しに捨てたことか。

母は私に、
どうして父と結婚したかわからないと言っていた。
父は私が生まれても、「また女か」と言って
会いにも来てくれなかったと言う。
私はいつも母の相談相手。
いちばん年下なのに、
決断をくだす役目はいつも私。
子どもらしい子ども時代を過ごせなかった
アダルトチルドレン。

そして、両親の別居、離婚。
裁判所への出頭。
普通の人にはわかってもらえない。

そして、いい大人になってからは
さんざん言い寄られて付き合ったのに
自分が悪いように言われた。
あの悔しさは忘れまい。

私の人生は
人に言えないことばかりだ。
だから、普通に生きてきた人には
理解できない。
それも仕方のないことなのであろう。

50歳でもまだまだ気づきがある

成長がゆっくりな子どもがいるので、
最近、発達障害の本をいろいろと読んでいる。

それでわかったことがある。
こだわりの強い子ども。
どうしても身体が動いてしまう子ども。
それらは、子どもが「そうしたい」と思って
やっているのではなく、
やめたいけれどどうしてもそうしてしまう、
そうせざるを得ないという
捕らわれた状態にあるのだということ。

私も、「こんなふうに言いたくないのに」
と思いながら
怒ったような口調になってしまうことがある。
こういうことも、本当は小さいときに
親に正しく導いてほしかったのかもしれない。

私は親に厳しく育てられなかった。
「甘やかされている」とずっと思っていた。

おそらく、母も私も発達障害なのだろうと思う。
母は的を射ない発言をすることが多く、
いつも不思議に思っていた。
私は、「生きづらい」という思いを
ずっとかかえて生きてきた。

もう一つ。
私は「人と一緒に遊ぶ」ことを難しく感じている。
だから、子どもに「お友だちと遊んでほしい」
と思っていても、
疑似体験として一緒に遊んであげることができない。
人と一緒に楽しく遊ぶという経験が乏しいのだと思う。

50歳になっても、まだまだ気づきがある。
だから人生はおもしろい。

せっかく仕事がおもしろくなったのに

責任のある仕事を任されるのはやりがいがある。
短時間勤務中に終わらなければ、
家に持ち帰っても責任を果たしたい。

しかし、家では育児や家事がある。
夫もたくさん家事や育児をしてくれているので、
私だけやらないわけにもいかない。

夫はおいしい料理を作り、
子どもともお笑いネタで盛りあがったり
英語の本を読んだりして、
2人とも楽しそうだ。

私は料理は夫に任せることが多く、
メンテナンス業務ばかり。
名もなき家事。
子どものぐずりにもうまく対応できず、
結局最後には怒って自己嫌悪。
私も発達障害なのだろう。
人と友だち関係を築けない欠陥人間。

わかっていた。
犬猫なら世話でいい。
でも、人間はやりとりが出てくる。
人間関係が下手なつまらない人は、
飽きられるだけだ。

子どもがぐずっても、
大人の対応ができるようになりたい。
親としての存在感がほしい。

さびしい夜です。

へこんでいます

企画をやっていたときは
とにかくたくさんの案を出すことを求められていたので、
プライベートでもいろいろなアイディアを提案していたら、
「こんな変な曲をやることになったのは私が選んだからだ」
と言われた。

事業推進室でいろいろな難題の解決をしていて、
プライベートでも聞かれたことに即座に反応して
解決策を提案していたら
「そうではない」と言われた。
もう何も言うまい。

夫は、後輩の紹介でアマチュアオーケストラに参加し、
楽しそうだ。うらやましい。
私は所属団体がないまま。
音楽活動ができないのは本当に本当につまらない。
相当なストレスだ。

短時間勤務とは言え
経営に関わる結構ヘビーな仕事をしているため、
帰宅してからも仕事せざるを得ないこともあったりして
気が休まらない。
気持ちがどんよりしてくる。

そのうえ、発達障害の子どもを育てている。
子どもは本当にかわいいが、
心に余裕がないときは
親失格な対応をとってしまう。

1つ我慢をするたびに、
心が死んでいった気がする。
今の私は、感情のない
デジタルで論理的なマシーン。
つまらない人間に成り下がってしまった。

どうしたら心が生き返るのか。
わくわく楽しくなるのか。
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Fuchur

Author:Fuchur
幸いの竜フッフールのように希望を持って生きたい、丙午の人。

■自然が好き(動物・鳥・虫、植物、宇宙、天然石)
■音楽が好き(アマチュアヴァイオリン弾き)
■美術が好き(デッサンを習っていました)

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